2019年01月30日

「相対性理論」との関係  

私は、アインシュタインの「相対性理論」について、詳しく知るわけでも、深く理解するわけでもありません。「相対性理論」は、はっきり言って、苦手であり、難しくてややこしいです(「量子論」の方がまだしもと思っています)。

ただ、最も基本的な部分での、見方というのは、一応理解するつもりなので、その線に沿って、前回みたような、時間・空間を超えた「移動」ということと、「相対性理論」との関係について、簡単な補足をしておきたいと思います。

「相対性理論」については、根本的に誤った理論である、という見方をする人もかなりあるようです()。しかし、私は、物質的なものと時間・空間の関係を明らかにした理論としては、基本的に正しいのではないかと思っています。実際、多くの実験的な事実は、この理論と符合します。

前回みたように、「光速度不変の原理」は、破られることがあるのですが、それは、「物質的な領域を超えた領域」にいたることで、起こるということでした。「物質的な領域を超えた領域」とは、「霊的な領域」ということでもあり、そこは、物質的なものと相関関係にある、「時間・空間を超えた領域」ということでもあります。

このような領域においては、物理法則を覆す現象が起きることは、当然と言え、それは、相対性理論に限らず、どのような理論においても、起こり得ることです。なので、そのことから、すぐさま、その理論そのものに欠陥があるということにはなりません。

問題は、何であれ、ある物理法則を、すべての領域に当てはまる、万能のものとみなしてしまうことです。つまり、すべての現象は、物質的な理論である物理法則によって解ける、という発想をしてしまうことです。それだと、その物理法則に当てはまらない現象が生じたとき、その現象を「ないもの」として葬り去るか、さもなくば、その物理理論が誤っているとみなすという、極端な選択をしなくてはならないことになるのです。

「相対性理論」について言うと、それは、むしろ、時間・空間の相対性を明らかにした点で、画期的な理論と言えると思います。ニュートンの古典物理学では、時間・空間は、絶対的な枠組みで、その中で、物理的な現象が起こるのでした。それでは、時間・空間が超えられるという発想そのものが、出て来にくく、そんなことは、受入れ難いこととなるでしょう。しかし、「相対性理論」が、時間・空間の「相対性」を明らかにしたことで、時間・空間が「絶対不動」のものではなく、超えられるという発想とも、結びつきやすいものとなったということが言えます。

ただ、「相対性理論」では、時間・空間ではなく、光(の速度)の方が「絶対的」な基準となったのです。時間・空間も、光の速度というものを一定にすべく、相対的に変化するということです。言わば、物質的なもの全体の基準となる枠組みは、時間・空間ではなく、光の方にあったということです。(と言っても、それが、顕在化するのは、物質の速度が光の速さに近づくときであって、通常の速度では、ニュートンの古典物理学が、近似的に当てはまります。)

これが意味するのは、物質的な領域にとって、光というものが、一種の「境界領域」にあるということだと思います。時間・空間を相対的ならしめる、光こそが、物質的領域の「ぎりぎり」の境界に、存在しており、それを超えた領域にいたると、時間・空間は、もはや、全体として超えられるということです。言い換えると、「物質的領域」を超えた「霊的領域」というのは、「光」を超えた領域なのであって、その結果として、時間・空間も超えられることになるということです。

「光を超える」とは、その速度を超えるということではなく、「存在」そのものとして、超えるということです。「速度」というのは、あくまで、空間・時間との関係で捉えられるものですから、その場合には、もはや「速度」という発想そのものが超えられることになります。

光とは、「電磁波」の一種であり、「光子」という「素粒子」でもあります。ですから、それは、「電磁波」という波動を超えるということであり、「素粒子」という物質を超えることでもあります。

「電磁波」というのは、電場と磁場の振幅が連続して伝わる、「見えない」波動エネルギーで、広く様々な情報を運ぶ媒体として利用されます。その在り方は、まさに、「霊的なもの」との境界領域を、よく示していると言えます。「電磁波」というのは、物質的な領域において、最も、霊的なものに類似する性質のものなのです。

ただし、電磁波も、物理的なものである以上、距離の二乗に反比例してエネルギーを減ずるなど、物理法則に従います。ところが、霊的なものとなると、電磁波と似た性質を持ちつつも、そのような物理法則には従わず、さらに自由度の高いものとなります。

また、「素粒子」というのは、微小ながら、一定の体積をもち、空間的な位置を占める、「物質」なのですが、「光子」の静止質量は「0」とされます。つまり、質量をもたない、物質としては、「ぎりきり」の存在とも言えるわけです。「霊」というのは、それを超えて、質量をもたないだけでなく、もはや、体積ももたず、特定の空間的な位置を占めることもない存在と言えます(ただし、みかけ上、そのように見えるということはあります)。

前回、KANという人が、そのような領域を「潜象界」(「現象界」の背後にある、具体的に形をなさない潜勢的な世界)と言っていることをみましたが、まさに「物質的な領域」を超えるとは、そのように、物質として顕現する以前の、潜勢的なものに帰すこととも解し得ます。そこから、エネルギー状態、または波動を落とすことで、再び、物質的なものとして顕現することも、可能と解されるのです。

このように、「霊的な領域」とは、物質的なものの境界にある、「光を超える」領域であり、そこに至ると、空間・時間も、結果として超えられるということです。前回みたように、「テレポーテーション」などの現象は、このようにして起こる現象で、「宇宙人」の移動方法というのも、やはり、このようなことを、何らかの技術によって、可能にしているものと解されるのです。

しかし、だからと言って、相対性理論そのものは、物質的な領域の内部では、「正しい」ことに変わりなく、それ自体に欠陥があるということにはならないということです。

ここで述べたことは、あくまで、「基本的なものの見方」を簡単に示したものに過ぎません。が、相対性理論というものを例にとって、物質的な領域と霊的な領域について、どのように捉えられるかということの、一つの分かりやすい例を示すことはできたと思います。

 「エーテル」の否定について

特に、相対性理論がエーテルを否定したという点について、疑義が唱えられることが多いようです。「エーテル」とは、真空中に充満すると想定される媒質で、光の波動を伝えるものとして要請されたものです。

しかし、この「エーテル」を物理的に確認することは、現在までのところ、できていません。私も、「エーテル」というものを、「物理的実体」として想定することは、無理なのではないかと思います。オカルトの方でも、「エーテル」の存在が言われますが、これは、東洋で「気」に相当するもので、「物理的な実体」ではありません。それが、真空中に充満していることは、確かと思われますが、直接光の波動を伝える役割をするようなものではないと思われます。(この意味の「エーテル」または「気」については、いずれまたとりあげます。)

ただし、この「エーテル」を否定することで、空間そのものの媒質性やエネルギー性に目が向けられることは、少なくなり、「量子論」との折り合いは、悪くなったのではないかと思われます。

本文で、「光が物質の基準となった」と言いましたが、物質と時間・空間は、相関的に結びついて存在しているという視点も重要と思います。時間・空間も、単なる「枠組み」ではなく、ある種の「物理的な実体」で、物質そのものと結びついて存在しているということです。そのような相関的な結びつきの中で、「光」という存在が、物質的領域のぎりきりの境界線上にあり、それを超えるということは、必然的に、それと結びついた時間・空間も超えるということになるのだと思います。

posted by ティエム at 23:53| Comment(0) | 科学・量子論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月18日

「宇宙人」が地球に来ている可能性 3

これまでみて来たように、現段階の地球上の理論や技術がどうあれ、現に「宇宙人」が地球に来ていることは、十分示唆されることです。

現段階の地球上の理論として通っている、アインシュタインの「光速度不変の原理」によれば、光より速い速度はあり得ないので、遠い天体から、「宇宙人」が地球に来ることは、事実上不可能という「見方」が、それを認めることを阻んでいるに過ぎないのです。

しかし、視点2として述べたとおり、それは覆される可能性のあるものです。

2 「光速度不変の原理」などの物理理論は、現段階で認められているものに過ぎず、ある限定領域で当てはまるものに過ぎないとして、今後塗り替えられる可能性がある。

現在の地球上でも、この理論に納得できず、疑義を唱える者は多くいます。また、この理論を(部分的に)覆えすような理論を提出する研究者もかなりいます。さらに、光の速度は、宇宙の初期段階では不変ではなかった、ということを示す研究もあります(https://news.mynavi.jp/article/20161129-a058/ 参照 )。「量子もつれ」のように、ミクロの領域では、光の速度を超えて、量子間で情報が伝播したと解すほかない現象もあります。

つまり、現段階においても、決して「光速度不変の原理」及び「光の速度が超えられない」という法則は、絶対に覆すことのできない理論とは言い難いものです。

宇宙間を航行する宇宙船の航法としても、「光の速度が超えられない」という法則を覆す、SFの領域ではおなじみの、「ワープ航法」というのは、よく知られています。一口に「ワープ」と言っても、「ウィキペディア」(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%97 )にみるように、様々な方法が考えられ、決して「架空の夢物語」ではありません。NASAの科学者も、「ワープ航法」を現実的な可能性あるものとして研究しています( https://uchutankentai.com/2018/09/04/warp/ 参照 )。

地球のはるか先を行く「宇宙人」が、この「ワープ航法」または類似の方法で、時空を一瞬にして移動して、地球に来ているという可能性は、ないとは言えないはずです。

実は、地球上でも、ミクロの領域に限らず、マクロの領域でも、情報や物体が、一瞬にして、空間を移動すると解される現象は、あるのです。

超能力のところでも述べた、「テレパシー」というのは、距離の影響を受けずに、情報が一瞬にして伝播する現象と考えられます。実際に、光速度を超えて、一瞬にして情報が伝播しているのかどうか、確かめることは困難ですが、距離の影響を受けないことは確からしく、宇宙空間と地球上において、一瞬にして情報が伝播した可能性を示唆する実験結果もあります。

また、超能力の一種に、「テレポーテーション(瞬間移動)」というのもあります。超能力者が、ある物体をテレポートさせるという現象もありますが、自分自身の身体をテレポートさせ、別の場所に一瞬にして移動するという現象もあるのです。超能力者の清田氏は、かつてそのような現象をよく体験し、ジャーナリストの森達也が、その報告をしています(『職業欄はエスパー』角川文庫)。また、最近では、KANという人が、そのような体験をかなり詳細に報告し、説明しています(『時空を超えて生きる』ナチュラルスピリット)。

これらも、本当に光速度を超えて、一瞬にして移動しているのか、検証されているわけではありませんが、清田氏は、火星にテレポートした体験があるし、KAN氏は、日本から海外にある山に、一瞬にして移動したと言います。速度という観点から見る限り、光速度を超えている可能性があります。

このような超能力は、記事『霊」についての総合的考察 3』でもみたように、我々の本質である「霊的なもの」が物理法則を超えて作用するために、出現するとみることができます。言い方を変えれば、「霊的なもの」が、物理的世界の枠組みである、時間・空間を超越して働くということです。「テレポート」というのも、物質が、物理的な領域から、時間・空間を超え出た霊的な領域へと移行し、再び物理的な領域に戻ることで可能となるものと思われます。

KAN氏は、「潜象界」(「現象界」の背後にある、具体的に形をなさない潜勢的な世界)と言って、「霊界」とは別と言いますが、「物質世界の枠組みとしての時間・空間を超えた世界」という意味で、広い意味で「霊的な領域」と言っていいと思います。要するに、死後に行く霊界ではなく、物質的な世界を超え出た「霊的な世界」という意味です。

そのような、時間・空間を超え出た世界を通って、時間・空間の枠内にある世界に戻るときに、結果として、「光速度を超えて、一瞬にして移動した」と解釈されるような現象が起こるということです。

そして、「ワープ航法」というのも、恐らく、(様々な可能性はあるでしょうし、物理的な技術というものと、何らかの形で連動していると考えられますが)私は、基本的にその延長上にあるものと思います。

「宇宙人」について考察する場合には、物理的な領域を超えて、「霊的な領域」にまで範囲を拡張する必要がある
ということです。記事『様々な「霊的存在」― 特に「悪魔的存在」 』で述べたように、「宇宙人」とは、実質「霊的な存在」である可能性もあり、あるいは、物質的な形態をとるにしても、物質的なものを超えて、「霊的な領域」にまで、存在領域を拡張したものである可能性があるからです。

視点3として、述べたとおりです。

3 「霊」についてみたように、霊的なものは、物質的なものを超えた現象を起こす。「宇宙人」についても、物質的な存在というよりも、このような霊的存在である可能性があり、あるいは、物質的なものを超えて、霊的なものと同様の性質をもって存在する可能性がある。

「宇宙人」は、地球上の「霊的な存在」と同様、物理的な領域を超えたところから、時間・空間を超えて、人間に働きかけることのできる存在と解されるのです。だから、「宇宙人」が、地球に来る意志がある限り、それは可能なことであり、そして、そうである限り、現に人間に影響を与ているものも多くある、と解されるのです。

「霊的な存在」が、時間・空間を越えて、物質的な領域に働きかけられることは、前に紹介した、木内鶴彦氏の臨死体験の例でも、はっきりとみられます。木内氏は、肉体を離れて、霊的な存在となったとき、好きな場所に移動し、また、様々な時代に溯って、当時の出来事を観察したり、ときに、その当時の人間の体の中に入って、影響を与えたりもしているのです。

「宇宙人」を物理的な存在とみなし、現在の地球上の科学技術の発展の延長上に捉えようとすると、なかなか理解し難いことかもしれませんが、そもそも、地球上の歴史においても、「人間」や「宇宙」を単純な物理的な存在とみなすようになったのは、近代になってからです。その近代の発想の延長上に、「宇宙人」というものも、イメージされているわけですが、それは、あまりにも特殊な、限定的な見方であると言うべきです。

近代以前には、人間に限らず、森羅万象が、霊的なもの、または神的なものと結びつけられて考えられたので、近代人のいう「宇宙」も「宇宙人」も、霊的な存在であり得、また、神々そのものとして認識されていた可能性があります。物質的なもの、そのものに関する知識は少なく、全体として素朴な見方ではありましたが、大枠としては、「宇宙人」についても、こちらの見方の方が、結果的には、より「真実」を捉えていたと言うべきなのです。

この辺りのことは、『狂気をくぐり抜ける』のブログ記事『「宇宙人」と「霊的なもの」 』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-57a6.html )でより詳しく説明しているので、是非そちらも参照ください。

このように、1の視点を重視し、現に宇宙人が地球に来ている可能性が十分示唆される以上、視点2と視点3を考慮すれば、現実に宇宙人が地球に来ていると考えることに、さしたる支障はないと言うべきなのです。

そして、その目的は様々であり得、たとえば、ただ観察したり、調査したりしているだけの存在もあるでしょうが、このような宇宙人の中には、様々な霊的な存在と同様、人間にいろいろな影響を与えつつ、現に関わっているものも多くあると思われるのです。このことについては、いずれまた触れたいと思います。
posted by ティエム at 22:55| Comment(2) | UFO、宇宙人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月05日

「宇宙人」が地球に来ている可能性 2


年またぎになってしまいましたが、引続き「宇宙人」について述べます。「宇宙人」は、オカルトの中でも、現代的に特に重要なものです。

前回、3つの重要な視点の1として、次のものをあげました。

1 現に「UFO」や「宇宙人」と遭遇したという目撃報告は、世界全体で多数存在し、その写真やビデオなどの記録も多く存在している。

この視点については、かなり説明を端折って、現段階の地球上の理論や技術がどうあれ、これにより、UFOや宇宙人が地球に来ていることは十分示唆される、という結論に行ってしまったので、今回はもう少し補足をしておきます。

これらの目撃報告や写真、ビデオの中には、特に知識をもたない全くの素人によるものから、専門的な知識をもち、訓練を受ける、軍関係者、パイロット、宇宙飛行士によるものまで、様々あります。全体として、もちろん、既知の現象との誤認や錯覚、フェイク(作りもの)というべきものも多いですが、それでは説明できないものも多くあります。特に、軍関係者、パイロット、宇宙飛行士によるものは、他の説明がつけにくく、価値が高いといえます。

ところが、これら軍関係者などの情報は、防衛上の秘密に関ることなので、通常は表に出ることはありません。ただ、最近は、情報公開法によって公開された文書や、前回もあげた、「ディスクロージャー・プロジェクト」のような運動によって公開された証言など、かなりの量が表に出つつあります。このような情報は、隠蔽すべきではないとして、あえて暴露しようという人も増えているのです。

UFOや宇宙人に関しては、政府や軍が、表向きは否定、隠蔽しつつ、秘密裏に研究しようとすることも、重要な問題です。実際、米国防総省が、かつての研究機関プロジェクト・ブルーブックを閉鎖して後も、UFOの研究を続けていたことを、最近(2017年12月)公式に認めました。( https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/12/ufo.php )このことは、日本の全国紙でも報道されました。

米国防総省は、2012年に研究を終了したと言っているのですが、かつてのプロジェクト・プルーブックを閉鎖したということ自体ウソだったわけですから、これもウソである可能性が高いというべきです。研究をしていることが、UFOや宇宙人の存在を認めていることには、必ずしもつながりませんが、ウソによって、表向き閉鎖してまで、研究し続けているということは、その可能性を認めているのも同然とは言えると思います。

何しろ、表に現れにくい中で、軍関係者等の暴露した情報は、非常に価値が高いと言えますが、その代表が、前回あげた「ディスクロージャー・プロジェクト」による「摘要書」です。(http://www.peopleknow.org/ds08pro/ )

部分的にでも、読んでもらえば分かりますが、そこでは、単に、地球上のものとは考えられない飛行性能を有する、未知の飛行物体が飛んでいるというレベルのことだけでなくて(このようなものは、公開された機密文書にも多数報告されているし、一般のビデオなどにも数限りなく録られています)、墜落した宇宙人のUFOや宇宙人と関った者による、具体的な証言や、現に宇宙人から提供を受けたUFO等の「逆行分析」を通して、UFOの推進力である「反重力」や、「ゼロポイント・エネルギー」などの「地球外起源の技術」を、「地球の最上層部の組織」が、既に実現可能なものとして手に入れたことなども語られています。

「地球の最上層部の組織」というのは、情報提供者ら米軍の上層部や米政府からも独立して行動できる、まさに地球規模の最高の秘密組織で、UFOや宇宙人に関する情報や技術を独占し、徹底的に監視、統制している組織です。ことは、一国の政府や、国と国の問題ではなく、地球全体の規模に関る問題のわけです。

このような組織が、UFOや宇宙人に関する情報や技術を独占することを危惧して、情報を暴露しようとする者も多いわけです。

ただし、これらの情報が、100%信用のおける、本当のものかどうかというのは、また別の問題だというのも、確かなことではあります。しかし、これらのことは、少なくとも、目撃されたUFOや宇宙人の一部は、単に、未知の自然現象とか、地球上の科学の延長上にある、地球上の秘密兵器などということでは説明し難いものであることを、十分物語っています。実際に、地球外の「宇宙」から、何らかの方法で来た「宇宙人」によるものと考えるのが、最も自然であると言わざるを得ないものということです。

他にも、これに類する情報を暴露し、「宇宙人は既に地球に来ている」と公言する人たちは、かなりいます。たとえば、カナダ前国防大臣のインタピュー(https://www.youtube.com/watch?v=HTqDbY4dggs
)、宇宙飛行士エドガー・ミッチェルの証言( https://tocana.jp/2017/12/post_15431_entry.htmlhttps://www.youtube.com/watch?v=laqQx6D8fgI)をあげておきます。

ただし、決して、これらの人たちの証言だけが重要なのではなく、一般の目撃報告や写真、ビデオなども、これらの者の証言と照らし合わせて、それを補う役割を十分果たします。また、これらの現象が、どの程度の頻度で起こっているのかを示す、重要な指標にもなるでしょう。

前回みたように、このような考察を阻むのは、現段階の地球上の理論を当然の前提にして、宇宙人が、他の天体から、遠い距離を克服して、地球に来ることは技術的に不可能という「ものの見方」です。しかし、前回あげた視点2及び3と照らし合わせて、総合的に考察すれば、そのような見方も根拠が薄いものであることが分かるはずです。



posted by ティエム at 23:52| Comment(0) | UFO、宇宙人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする