2019年07月03日

「魔術」と「科学技術」

最初の記事『「オカルト」とは何でしょうか?』で、「科学」たまは「科学技術」というものも、元々「オカルト」と渾然一体となっていたものであることを述べました。最近の最先端の科学理論や、飛躍的に発展した科学技術も、そこはかとなく、「オカルト」めいたものを忍ばせています。それも、元々の出自が同一であったことを考えれば、頷けることのはずです。

「科学技術」が「魔術」と混然一体となっていたもので、本来、区分けし難いものであることは、科学史家村上陽一郎なども、よく指摘しています。歴史的にも、ルネッサンスの頃の魔術の復興が、科学技術の発展をもたらしたのであり、両者の発想そのものにも、共通性があるからです。(たとえば、『技術とは何か』NHKブックス参照)

「科学技術」というのは、物質的なものの「背後」にある、目に見えない「(数学的)法則」を発見して、その「法則」を操ることによって、物質的なものを操作する技と言えます。

「目に見える」領域そのものではなく、背後の「目に見えない」領域にあるものを探求するという意味では、「オカルト」と同じなのです。そして、「目に見えない」領域にあるものに働きかけることによって、「目に見える」領域のものを操作するという意味では、「魔術」そのものと言えます。

実際、映画などでも、未開の民族に、科学技術に基づいたマジックめいたものを見せると、大いに恐れられ、崇拝されるというものがあります。これは、誇張とは言え、確かに、未開の民族にとって、それは「魔術」に外ならないものがあるので、そのように受け取られる可能性はあるのです。

ただし、本来の「オカルト」ないし「魔術」は、「目に見えない」領域について、単に、「(数学的)法則」という形で、誰もが客観的に法則化できるものに注目するのではありません。むしろ、そのような領域を超えたもの(それもある種の「法則」ではあり得ても、「数学的な法則」ではありません)に、例えば「意志」において働きかけ、「科学技術」ではとても不可能な現象を生起させるものです。

現代では、科学技術のもとになる、「(数学的)法則」という形で、客観的に法則化して捉えられるものの全体を、「物質的なもの」として規定することになりました。そして、そのようなものが、存在するもののすべてであるかのように、みなされることになりました。ところが、そのような「物質的なもの」を越えた「霊的なもの」を操るのが、本来の「オカルト」ないし「魔術」ということです。その辺りは、混同してはならないことです。

とは言え、これまでにもみて来たとおり、両者の区別には、曖昧なものがあり、互いに、互いを含み込む部分があると言えます。近代以前に、「魔術」と解されたものにも、現代では、法則に則った「科学技術」として理解できるものがあり、逆に、現代というよりも、未来の科学技術、さらに、現代でも、宇宙人の技術には、「魔術」そのものと解すべきものも、あると解されます。

「魔術」に、「科学技術」的な要素があれば、それは、現代で言う意味の「マジック」ということになり、「タネ」があるということになります。実際、近代以前の魔術師たちが、行っていた魔術には、このようなものも混在していた可能性があります。ただし、それは、全体としての「魔術」を、生起させるための、取っ掛かり、ないし「要素」として働いた可能性もあります。両者が、混在して、全体としての「魔術」を成り立たしめたということです。

現代の超能力者が行う「超能力」についても、同様の面があり、「マジック」との区別が難しいのは、このような事情の影響もあるでしょう。

さらに、シュタイナーは、産業革命後のあらゆる技術は、「アーリマン存在」という悪魔的存在のインスピレーションによって、興されたものと言います。だとすれば、「技術」というものは、「オカルト」ないし「魔術」と、実際にも、通じていることになります。(『狂気をくぐり抜ける』の記事『シュタイナーにみる「陰謀論」的発想』を参照ください。)

いずれにしても、「目に見えない」領域のものに働きかけることによって、現に表に現れ出ているものを操作するという意味では、「科学技術」も、「魔術」にほかならないということになるのです。そして、実際にも、そのような「魔術」めいた面は、現代の「科学技術」の飛躍的な発展によって、ますます助長されていると言えます。目に見えない領域、思考の届かない領域で、縦横無尽に活躍する、現代のIT技術、AIの技術などは、まさにそのようなものとして実感されるでしょう。

このような、IT技術、AIの技術が、例えば、我々の「意志」と融合するような事態になれば、それは、まさに、本来の「魔術」そのものの、飛躍的な再現ということになるでしょう。

私自身は、先にも触れたとおり、「オカルト」においては、単に、客観的な法則に基づく、「科学技術」ということではなく、それを超える面、つまり「霊的な面」こそを、しっかりと、正面から見据えることが重要と考えます。

しかし、現代の科学技術の発展は、「オカルト」や「魔術」ということが、現代においても、決して無視できないものであることを、指し示しているとは言えるでしょう。
posted by ティエム at 18:13| Comment(0) | 科学・量子論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする