2020年11月03日

「共時性」と「引き寄せ(思考が現実を作る)の法則」

今回は、「共時性(シンクロニシティ)」の現象は、スピリチュアルの方面で、「引き寄せの法則」ないし「思考が現実を作る」といわれることと関わって来ることをみます。

前回みたように、「共時性(シンクロニシティ)」は、内界と外界が、共時的に結びついていることから、原理的に起こるものでした。内界の心的なものが、外界の物質的な現象と、意味において、同時的に結びついて起こるのです。これは、言い換えれば、内的な「意味」が、外界の現象を「引き寄せる」ということになります。

内界において、ある「意味」が、情動を伴って、活性化すると、その「意味」と関連する出来事が、実際に「引き寄せられる」のです。

ただし、ユングによれば、その作用は、個人的な意識ではなく、その奥(「心的なものと物質的なものを超えた領域」)にある、「普遍的な無意識」によるのでした。従って、引き寄せる「意味」というのも、単純な言語的な意味というより、普遍的な無意識に特有の、「神話的、象徴的な意味」になります。

前回あげた、「黄金虫」の例でも、その、「癒し」に関わる、神話的、象徴的な意味が、外界にも(患者自身にも)作用し、「引き寄せ」られているのでした。

しかし、ユングにおいても、普遍的な無意識は、我々の個人的な意識や無意識と、互いに関わり合って、働くものです。従って、我々の個人的な意識のあり様や受け止め方によって、「共時性」という現象の起こり方も、変わって来.るのです。

その範囲で、ユングにおいても、個々人の意識、思考が、外界の出来事を、共時的に、「引き寄せる」ことを認めていた、と言うことができると思います。

ところで、前に、記事『「霊」とは何か』において、物質的なものを越えた領域は、「霊的なもの」として認識できることをみました。共時性を起こす、「物質的なものと心的なものを越えた領域」というのも、本来、この「霊的な領域」とみなすべきです。「物質的なもの」を超えた、「霊的な領域」と捉えることで、「引き寄せ」という現象が、流動的、包括的な「霊的な領域」から、固体的、限定的な「物質的な領域」へと、具現化される過程も、より具体的に理解できることになります。

ただ、ユングは、あくまで、心理学者として、「霊的な実体」とはせずに、「心理的」な規定をしたのです。

しかし、記事でもみたように、「霊的なもの」も、「霊」「魂」「体」の三要素に分割でき、その本質をなすのは、「霊」とすると、結局は、(心的な)「意識」そのものなのです。ただし、この「意識」は、個人的な個々の意識から、もっと深く、普遍的なレベルの意識まで、すべてを貫き通しているものです。最も深い意味では、ユングの考えたような、人類に共通の「普遍的な無意識」というのを超えて、より広大な、「宇宙大」の、あらゆる存在の根底に働く、根源的な「意識」と解されるのです。

ただ、記事『「量子」と「霊的なもの」』でも触れたように、その根源的な「意識」は、我々の個々の意識の「大元」であり、本来は、我々の意識と一つのものとも言えるものです。スビリチュアルの方面で、「一なるもの(ワンネス)」ということが言われるのも、そのようなことに基づいています。

結局、「共時性」とは、このように、様々なレベルを含む、「意識」の作用により、起こるということができます。「それは、最も、根源的な「意識」のレベルから、我々の個々の意識のレベルまで、様々なあり方で、いわば、それに「ふさわしい」あり方で、起こるということです。

通常は、ユングも言うように、我々の意識または思考が、直接起こすというのではなく、それが、それを超えた「普遍的な意識」と通じることにより、結果として、「引き寄せられる」ということができます。我々の意識の側からすると、いわば「他力」的な面が多くあります。

しかし、場合によっては、我々の個々の意識、思考が、直接、「主体的」に、「共時性」を「引き寄せる」かのような現象もあるのです。そうなると、これは、もはや、「引き寄せる」というよりも、「思考が現実を作る」と言った方がふさわしいことになります。あるいは、これは、ほとんど、我々の思考、願望を直接実現させる、「魔術」ということにもなります。

しかし、本来、我々の個々の「意識」も、根源的、普遍的な「意識」と通じているものとすれば、それは、起こっておかしくないものだし、むしろ、起こることの方が「本質的」なことなのです。

前に、記事『「生き霊」と「想念形態(エレメンタル)」』で、思考というものは、「想念形態」として霊的世界で実体化し、それが物質的な世界へも影響を与えることをみました。ただし、あやふやで曖昧な思考は、実体化しにくく、強い影響をもちませんが、明確に練られた、統制された思考は、実体化する力も強くなります。つまり、「思考が現実化する」ことをもたらしやすくなるのです。

あるいは、「引き寄せ」または「思考の現実化」は、「意識」のもたらす波動(周波数)が、共通の要素を引きつける(共鳴させる)ために、起こるという理解もできます。この観点からは、波動(周波数)として、より明確で、安定的に形成されたものが、「引き寄せ」または「思考の現実化」を起こしやすいことになります。

ただし、この「波動」は、「霊的なもの」を含めて初めて捉えられるような性質のものであって、現在捉えられている、「物理的な波動」ということで、理解できるものではありません。(但し、量子力学などは、比喩的に多くの示唆をもたらすものではあります)。

このように、「引き寄せ」ないし「思考が現実を作る」ということは、とりあえず、実際にあることですが、スピリチュアルの方面で言われるほど、簡単で、単純なことではないのが分かると思います。

それは、「意識」の作用と言っても、自己を超えた大きな意識の作用であることから、単に、現にある自己の欲望の実現であるようなことまでを、広く含むのです。

また、人間の意識、思考とは、単純に、一面的ではないので、ある思考または欲望をもっているとしても、それに反するような欲望を同時にもっているということも多くあります。あることを望んでいるようで、無意識の奥では、反対のことを望んでいるとすれば、その反対のことの方が実現するということにもなります。

さらに、前回も触れたように、人間は、ボジティブな思考よりも、ネガティブな思考に囚われやすいので、ネガティブな思考の方が、感情をも巻き込んだうえ、強力化しやすく、そちらを現実化することの方が、どうしても多くなると言えます。

さらに言うと、「意識」には、さまざまなレベルがあると言いましたが、記事『「霊」とは何か』でもみたように、人間のほかにも多様な「霊的存在」がおり、それらの「意識」もまた、「共時性」を起こす一つの要因となります。これらの存在は、人間と違い、時間(従って、因果律)に縛られていないので、より共時性を起こしやすいのです。中には、意図的に共時性を起こすことで、人間を惑わすような存在もいます

記事『「捕食者」という存在の実質と限界』などで述べたように、「捕食者」という存在は、まさに、このような現象を起こすことで、人間を混乱させ、それをネカティブに受け止めさせることで、さらにネガティブな思考や感情を継続的に強化させようとします。

「共時性」ないし「引き寄せ」、「思考の現実化」には、このように、様々なレベルのものがあるので、まずはそのことを認識することが必要です。それには、ボジティブな面もあれば、ネガティブな面もあります。また、多様な「霊的な存在」に通じる面もあります。従って、安易に、「引き寄せ」や「思考の現実化」を望むのが、適当とは思われません

ただし、「引き寄せ」、「思考が現実を作る」こと自体は、事実と言えるで、それを自ら自覚し、それが望ましい方向に実現化するように働きかけることは、適当なことと言えるでしよう。

次回は、前回も触れた、「共時性」や「引き寄せ」の受け止め方の問題について、もう少し、具体的にみてみることにします。
posted by ティエム at 01:34| Comment(0) | 共時性、引き寄せの法則 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする