2019年05月15日

「意識説」と「多世界解釈」

前回、量子力学の観測問題の解釈として、「意識説」をとり上げましたが、これには、ほかにもいくつかの解釈があります。その中で、「多世界解釈」というのが、最近は、物理学者の支持を多く得ていて、主流になりつつあるようです。

ブログ『狂気をくぐり抜ける』の記事『「量子力学の観測問題」と「意識」1』でもとり上げていますが、この説は、意識説の対極をなす説と言えます。

意識説では、量子力学的な過程から独立した意識が、波束を収縮させて、(粒子としての)確定的な事象を生起させるのでした。しかし、「多世界解釈」では、意識といえども、量子力学的な過程から独立したものではなく、波束を収縮させるなどということはないと考えます。意識をもった観測者も、量子力学の波動関数に従うとするのです。

これは、「波束の収縮」などという現象はなく、量子力学の波動関数により、宇宙のすべてを記述できるとするものです。しかし、それが、実際に意味するのは、ミクロの物質だけでなく、マクロの物質も、意識をもった観測者も、すべてが「確率的な重ね合わせ」の状態として存在し、それが確定するなどということはないということです。

観測者の観測によって、確定したようにみえるのは、(重ね合わせの状態そのものを、それとして観測することはできないから)観測の制限的な性質によって、その重ね合わせの状態の中の、ある状態だけを写し取ったようなものに過ぎないことになります。それで、他の状態は、何ら崩壊または喪失したわけではなく、他の世界として、そのある状態だけを観測した世界と共に、併行して存在しているというのです。

前回の、「シュレディンガー猫」という思考実験でいえば、箱を空けて観測して、猫が死んでいたとしても、猫は死んだことに確定したのではなく、猫は、それを観測する観測者と共に、他の世界で、併行して生きていることになります。

まさに、「パラレルワールド」のように、多くの世界が併行して存在するので、「多世界解釈」と呼ばれます。

ただし、一般の「パラレルワールド」の理解と違って、ある世界が、他の世界と交わることはなく(認識する可能性もない)、観測者が、他の世界に移行するということもありません。つまり、他の世界が存在するということを、確かめる手立ては一切ないのです(もっとも、この「確かめる手立てがない」というのは、あらゆる解釈について言えることです)。

通常の感覚からすれば、このようなことは信じ難いことでしょう。しかし、量子力学というものが、数学的に、物質の振る舞いをいかによく説明するかということを知る物理学者にとっては、この説は魅力的なもののようです。

量子力学は、物質の状態を「確率の重ね合わせ」の状態としてしか記述できません。それが、多くの人に、不満や疑問を誘います。しかし、それは、数学的にみる限り、波動関数として、見事に記述できます。このように、「数学的に見事に記述できる」ということが、物理学者にとっては、重要であり、良く言われるように、「美しい」ことともされます。数学的に見事に記述できて、それで矛盾なく完結しているのであれば、それが意味すること自体はあまり重要でなく、「そのように宇宙はできている」ということで、割とすんなり受け入れられるようなのです。

最近の物理学的理論というものは、多かれ少なかれ、この傾向があると言えます。

それに対して、意識説というのは、意識なる、物質的に説明できないものを持ち出して、物質の状態を記述する量子力学の波動関数そのものの、崩壊を認めるようなものです。そのようなものは、多くの物理学者の感覚からすれば、「美しくない」どころか、物質科学そのものの放棄のようなものでしょう。

要するに、宇宙の全てを、「物質的なもの」として捉えたい、言い換えれば、数学的に、完結したものとして捉えたい、という物理学者の願望からすれば、「多世界解釈」の方こそが、好ましいということです。

しかし、それは、あくまで、一つの世界観であり、それを維持したいという、願望の問題に過ぎないと言うべきです。宇宙がそのようにできているという保証は、何もないはずなのです。

多世界解釈の方からすれば、一つの世界観であり、願望に過ぎないのは、意識説も異ならないということになるでしょう。そういう面は確かにあります。

しかし、これまでみて来たように、意識は、観測問題に限らず、様々な場面において、物質的なものを超える働きをすることが示唆されます。超能力もそうですし、臨死体験(特に脳波停止状態によるもの)もそうです。

また、量子レベルでも、ラディン博士の提示した次のような実験の結果は、観測問題とも絡む形で、意識による影響を強く示唆するものです。

すなわち、電子の二重スリット実験では、電子が波として、AのスリットとBのスリットを同時に通り抜ける(重ね合わせの状態としてある)ことによって、干渉し合い、スクリーンに干渉縞を作ります。しかし、人間が、意識によって、電子がAのスリットかBのスリットを通るように強く念じると、干渉縞に、実際にその念じたとおりの偏りが生じることが、統計的に有意に確認できるというものです。

記事としては、たとえばここ( https://tocana.jp/2019/03/post_90057_entry.html )に簡単な説明があります。この実験は、NHKの『サイエンスゼロ』という番組でもとり上げられていましたが、その部分の動画(https://www.youtube.com/watch?v=yLufAR6k8tw )もあります。参照ください。

このように、意識が物質に影響を与えることは、実際にさまざまな方面から示唆されることで、観測問題そのものとも関わる例もあるのです。このことは、観測問題を、意識の問題としてとりあげることが、決して、単に「世界観」の問題で済まされるものではなく、それ自体、「事実」の問題として、検討されるべきことを十分に示していると私は思います。

少なくとも、意識を、(あえて避けるかのように)当然のように、量子力学的過程に収めて、スルーさせ、確かめようのない「多世界」を認める、「多世界解釈」よりは、自然で説得力のある解釈と思うのです。

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2019年05月09日

「量子」と「霊的なもの」

記事『相対性理論との関係』では、「相対性理論」を参照にして、「時間・空間を超える」という面から、「物質的なもの」と「霊的なもの」の関係をみました。

今回は、「量子論」を参照にして、物質の本質である「量子」ということと、「霊的なもの」との関係を、ざっとみておきたいと思います。

私自身、かつて10代の終わり頃、「霊」などというものは全く信じられなかったのですが、ある工学博士の書いた、量子と霊の振る舞いが似ているということを述べた本を読んで、少し考えを変えさせられたことがあります。

霊が信じられないというのは、「物質」というものが、明白に存在を確かめ得る、確たる存在としてある、という思いによっていました。物質というものを、そのようなものと思っていたので、それとの対比で、「霊」なるものは、余りにも曖昧かつ、不確かなものなので、存在することなど確かめられるはずもなく、そもそも、存在するなどとは、とても思えないものだったのです。

しかし、物質というものが、その本質である、量子というレベルでは、決して確たる存在とは言えないことが分かると、その見方も揺らぐことになります。それは、決して、「霊」なるものを、積極的に認める理由となるものではありませんが、少なくとも、「簡単には否定できない」ということは、顧みさせるものとなったのです。

量子というのは、とりあえず、電子などの素粒子ということですが、その電子は、教科書などで、よく、原子の中心の原子核を雲のように取り巻く図として描かれます。そして、その「存在確率の高い」ところが、黒く濃く描かれ、「存在確率の低い」ところは、薄く描かれます。電子という一個の素粒子が、そのように明確な位置や存在を示さないで、雲のように、「漠然と」取り巻いているというのは、どういうことなのか、私は、全然分かっていませんでしたし、それが重大な問題であるとも思っていませんでした。

しかし、そのとき読んだ本では、一応の量子力学的な説明がされていて、それがかなり重大で、本質的な問題であることを知ることになりました。

これは、簡単に言ってしまうと、要するに、電子というものは、位置と運動量を同時に測定することができないので、位置と運動量を確定できず、雲のように、全体に広がっているものとして、捉えるしかないということなのです。そして、それは、「技術的」な問題ではなく、「原理的」なものだということです。つまり、どのように観測の精度を上げても、原理的にそうなるということです。これを「不確定性原理」といいます。

「雲」のようにと言いましたが、電子は、「波」として、全体に広がっているとも捉えられます。ただし、その波は、「電磁波」や「水の波」とは違って、実体のあるものの振幅ではなく、「確率の波」という抽象的な(波動関数として数学的に表現できるだけの)ものなのです。

先ほど、「存在確率の高い」ところは、黒く濃く描かれると言いましたが、それは、観測した場合に、そこで電子がみつかる可能性が高いところということです。波として広がっているといっても、観測により、特定の位置に電子をみつけることは可能なのですが、それは「確率的」にしか予測できないことになります。「観測以前」には、あくまでも、「波」として、全体に広がっているという捉え方をするしかありません

このように、電子というものが、明確なあり様を示す、確かな存在というよりも、雲のように、漠然と取り巻いているというものであるならば、それは幽霊にかなり近いものとも言えます。また、電子は、ある場所にあったものが、一瞬にして、他の場所に移動して、現れることもできます。これを「量子テレポーテーション」と言います。これなども、まさに幽霊そのものの振るまいと言っていいでしょう。

記事『相対性理論との関係』では、「物質的な領域のぎりぎりの境界にある」のが、「光」だと言いました。これは、「電磁波」という観点からみたものですが、「素粒子」というレベルでは、光に限らず、あらゆる物質が、霊的な領域に近づいて、「ぎりぎりの境界にある」とも言えるのです。物質が、霊的なものと似た振る舞いをするということです。

このような、量子の問題は、実は、「観測されるもの」と「観測するもの」の問題とも言うことができます。

先にみたように、量子とは、観測以前には、存在確率の波で示されるしかないものですが、観測すれば、特定の場所に位置を示すこともできます。つまり、波のように全体に広がっていたものが、一瞬にして、ある場所に粒子としての姿を現すのです。波として振舞っていたものが、一瞬にして粒子として姿を現すということは、「波」が一瞬にして、消えて、一点に収縮したということになります。これは、「波束の収縮」と言われ、量子力学の波動関数自体からは、導けない事態です。

このようなことが、信じ難いものであることは、たとえば、シュレディンガーの提示した、「シュレディンガーの猫」という思考実験に照らすと、より明らかになります。

放射性物質の崩壊は、ミクロの現象なので、量子力学的な確率に従いますが、ある時間に2分の1の確率で崩壊する放射性物質を用意します。そして、箱の中に、この放射性物質と、その崩壊を感知すると毒を出すような仕掛けを施した装置を、猫とともに入れておきます。そこで、ある時間に、放射性物質が崩壊すると、猫は死んでしまうことになりますが、箱を開けて観測する以前には、猫はどうなっているかというものです。

箱を開けて観測すれば、もちろん、猫が生きているか死んでいるかは確定します。しかし、観測以前には、放射性物質は、崩壊する確率と崩壊しない確率が2分の1同士の重ね合わさった状態として存在するとしか言えません。電子が、存在確率の波として、広がっているとしか言えないのと同じことです。そうして、その重ね合わせの状態を、マクロの装置や物質も引き継ぐとすると、猫は、「生きている状態と死んでいる状態の重ね合わさった状態」にあるということになるのです。しかも、それが、観測すると同時に、一瞬にして、生きているか死んでいるかに決定されたということになります。

まさに、「波束の収縮」ということの、信じ難い性質が、浮き彫りになることでしょう。

このような、波束の収縮ということが醸し出す問題は、「量子力学の観測問題」とも言われます。それをどう合理的に解釈するか、様々な説は出されていますが、決定的なものはありません。しかし、「観測問題」と言われるとおり、これは、「観測」(物事を「観る」、「認識する」)ということの本質は何かという問題とも関っていることは、確かと思われます。単に、「観測されるもの」としての客観的な対象の内部の問題ではなく、観測する側の「主体」との関わりの問題であり、最終的には、「意識」との関わりの問題ということです。

相対性理論においても、観測者の位置ということが問題となります。ただし、それは、物質的な過程そのものを、独立したものとしての「主体」が問題となると言うものではありません。あくまで、事象に対する観測者の相対的な位置の問題です。しかし、この「観測問題」では、単に、観測者の「位置」ということではなく、物質的な過程そのものからは独立することとなる、観測主体の本質そのものが、問題となっているものなのです。

実際、「観測問題」の解釈として、「意識説」というのもあります。これは、フォン・ノイマンやウィグナーによって提出された説で、量子力学全般の中では、主流ではないですが、一定の説得力があることは確かと言うべきものです。

その論の基本は、マクロの物質といえども、量子の集合体ですから、量子力学の過程から独立したものではあり得ず、量子力学的な波束を収縮させることはできない、ということにあります。つまり、観測において、波束を収縮させるようなものは、量子力学からは独立した(物質的な過程から独立した)存在としての、「意識」しかあり得ないということです。

この辺りのことは、ブログ『狂気をくぐり抜ける』の記事『「量子力学の観測問題」と「意識」1』に、ある程度詳しく検討しているので、是非参照ください。

ともあれ、「意識」というのは、記事『「霊」とは何か』でもみたように、「霊的なものの本質」というべきものです。つまり、「意識」との関わりというのは、「霊的なもの」との関わりでもあり、物質的なものと霊的なものの交わる、「境界的」な事象を浮かび上がらせるものと言えます。だから、量子の観測という事態において、物質的なもののぎりぎりの境界的なあり様が露わになるというのは、頷けることのはずです。

ただし、この意識というのを、人間のものに限るとみると、矛盾や疑問が多くなります。実際、最終的に、人間の意識が観測するまで、現象が確定しないとは、とても考え難いことです。同記事でみたように、物質的なものと霊的なものは、画然と区別されるというよりも、互い混交しているというべきものです。あらゆる物質が、霊的な要素も含んでいるということです。

たとえば、猫にも、ある意味の「意識」があり得るし、あるいは、観測装置などのマクロの物質にも、ある意味の「意識性」が働いているとみる余地があります。また、人間以外の霊的な存在は、多く想定でき、そのような存在の意識も関与している可能性があります。根源的には、宇宙そのもの、あるいは、「神」の意識というものも想定できます。

いずれにしても、そのような、全体的な展望のもとでなら、観測問題の波束の収縮は、「意識」が引き起こすものと言っていいものと思います。

そういうわけで、量子という物質の本質レベルでは、通常の物質というものの理解を超えた、物質としての境界的なあり様、つまり、霊的なものとの境界的なあり様が、露わになるところがあるのです。さらには、霊的なものの本質である、「意識」との関係を、浮かび上がらせるものがあるのです。相対性理論の場合とは別の観点から、というよりも、より本質的なレベルで、物質的なものと霊的なものとの関係を、露わにするものがあるということです。

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2019年03月17日

「廃仏毀釈」の意義

明治政府が、それまでの日本の伝統文化を破壊するというのは、様々な面にわたって、様々な制度においてなされたことです。しかし、それを象徴するような施策を一つあげるなら、何と言っても、「廃仏毀釈」ということになるでしょう。

「廃仏毀釈」というのは、「仏教を廃し釈迦の教えを棄却する」という意味の施策です。実際に、明治政府により、推し進められ、実行されたものです。

日本の民間における信仰は、中世の頃から、「神仏習合」して、神社にも仏像など仏教的な形態のものが多く祀られて来ました。「仏」と「神」は、仏教移入当初から、様々に葛藤をもたらすものではありましたが、これを習合させて、平和的に共存させ、共に信仰の対象として敬って来たのは、庶民の知恵とも言えます。

しかし、明治政府は、外国から移入した仏教を排斥し、神道を国教化すべく、神社から、仏教的なものを廃棄したのです。また、それだけでなく、多くの仏教寺院を破壊し、僧を還俗させました。

仏教は、江戸幕藩体制では、「権力」に結びつく、重要な位置にあったため、その地位を貶めるべく、日本の固有の信仰ではないということで、排斥すべきものとしたのです。特に、新権力の一翼を担う薩摩では、凄まじい排斥がなされたようです。

ネットでも、『日本史の一大汚点「廃仏毀釈」はいかにして行われたか?』という記事(https://diamond.jp/articles/-/114630 )は、この「廃仏毀釈」について、簡単に、概要とその重要な意味が述べられていますので、参照ください。

一見すると、これは、やり方が破壊的だったとしても、「日本の固有の信仰を取り戻そうとした」ということ自体は、肯われることと解されるかもしれません。しかし、これは、「国家神道」という、新たな「国教」の樹立に向けられたものであって、日本の固有信仰を取り戻すようなものでは、全然ありません

むしろ、この「国家神道」は、天皇を「現人神」として中心に据えて、あらゆる信仰形態を再編し、それに沿わないものは排除する、ほとんど「一神教」的なものだったと言えます。西洋風の絶対君主制の模倣であり、日本の固有信仰とは、似ても似つかないものだったということです。

安丸良夫著『神々の明治維新』(岩波新書)も、《「廃仏毀釈」といえば、廃滅の対象は「仏」のように聞こえるが、しかし、現実に廃棄の対象となったのは、国家によって権威づけられない神仏のすべてである》と言っています。

仏教を排斥するというのは、一つのとっかかりのようなもので、実質的には、神々への信仰を、権力的な意図により、それまでの形態とは大きく変えてしまうことこそが、なされたことなのです。そこで、真に破壊されたものとは、一言で言えば、それまでの「民間信仰」であり、「固有信仰」そのものなのです。

たとえば、それまでの信仰では、神々への信仰であっても、必ずしも、神社という建物と結びついたものではなかったし、形式的な「祭司」や「儀式」ということが、重要なことでもありませんでした。さらに、「巫女」や「修験」のような「シャーマン」を通しての、「憑依」や「託宣」ということを通して、神々と交流する場もありました。しかし、明治政府によって、そのようなものは、「迷信」として禁止されたのです。

氏神というのは、村の共同体にとって、重要な統合のシンボルのようなもので、「社」と結びつくことが多かったのは確かです。しかし、それは、それぞれの共同体独自のものであったのが、「廃仏毀釈」により、国家が押し付けた神道形態のものに変えられます。それは、端的に、共同体にとって、固有の信仰の破壊と、新たな信仰の押しつけということになるはずです。

他にも、破壊されたものは多くあるのですが、要は、それまでの信仰において、「実質をなすもの」こそが、破壊されたということです。そして、国家に都合のよい形での、形式的、物質的な要素に嵌められるものとなったのです。私からすれば、実質的には、「目に見えない」「霊的な要素」こそが排除されたということになります。

それは、これまでにも何度も触れた、「オカルト的なもの」を排除するという、近代のあり方を決定づけた出来事でもあるのです。

普通は、戦後において、「国家神道」というものが、それ自体「オカルト的なもの」のようにみなされて、廃すべきものとされることになったと解されるのでしょう。しかし、実際には、その「国家神道」自体が、既に「オカルト的なものの排除」と結びついていたことを見逃すと、それによって、本当に排除された江戸以前の固有の文化をも、見逃すことになるのです。

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2019年03月02日

「明治維新」の捉え方の変化―「進化史観」


前回、「近代社会の常識」を意識的に覆して行かない限り、「オカルト」を捉え直すことは難しいことを述べました。

しかし、最近は、「近代社会の常識」を問い直す見方は、様々な方面で現れています。日本の歴史においても、「明治維新」の捉え方が、これまでとは大きく変わって来ています

これまでは、「明治維新」とは、とりもなおさず、それまでの封建的で、迷信に満ちた、古い社会を改革して、西洋流の進んだ社会に変えた、画期的な出来事とされていました。「明治維新」そのものの価値が否定的にみられるということは、ほとんどありませんでした。

ところが、最近は、日本の江戸時代は、世界的にみても稀なほど、「豊か」な社会であったことが、示されつつあります。「士農工商」という身分的な区別はありましたが、決して移動の効かない固定的なものではなく、必ずしも、「差別」に結びついたわけでもなかったとみられます。物質的にみても、庶民全体として決して「貧しい」わけではなく、文化的にも、庶民レベルで、独自の、様々なものが発展して、享受されていました。幕末期に日本を訪れた外国人は、そろって、これらのことに驚きを示しています。

江戸時代、あるいはそれ以前の社会または文化を、「古く」、「劣った」ものとして、否定する見方が、一方的で偏ったものであることが、認められて来ているのです。だとすれば、それを一方的に否定した、明治維新の見方も、変わって来ざるを得ません。

むしろ、最近は、明治維新を、西洋の(金融資本家等の)支配層の戦略に乗って、日本の伝統的な文化を破壊した、残虐なクーデターであり、日本が西洋支配層の支配に取り込まれることを決定づけた、「売国的行為」とする見方も出てきています。

このような見方には、多少とも、「反動的」なものはあるでしょうが、決して根拠のないものではありません。明治維新が、西洋の黒幕の力を借りて、天皇をすり替えるなど、謀略に満ちた方法で、新たな権力を樹立したものであったことは、間違いないと思われるのです。この点については、かなり多くの研究がありますが、たとえば、比較的穏健に、説得力をもって示されている、加治将一×出口汪『日本人が知っておくべきこの国根幹の重大な歴史 』(ヒカルランド )を参照ください。

いずれにしても、このように、歴史的な出来事も、180度見方が変わり得るものであり、「歴史」というのは、「事実」そのものではなく、それをどう捉えるかの「見方」そのものであることを、改めて感じます。

ジャーナリスト船瀬俊介氏は、歴史=historyとは「his」「story」、つまり「彼の物語」なのだと言っています(https://www.youtube.com/watch?v=n9pS9tyTUN4 )。「彼」とは、その社会の「支配者」ということであり、歴史とは、あくまで、その社会の支配者が、その「正当性」を多くの民衆に押しつける「物語」だということです。

それまでの貴族社会や幕藩体制は、みかけ上の「支配者」が見えやすかったので、このことは理解しやすいでしょう。ところが、「明治維新」以後は、巧妙に、自由や平等の観念に隠されて、みかけ上「支配者」がみえにくくなっています。そのため、その「物語性」も読み取りにくくなっていますが、学校教育を通して広められる現代の「歴史」においても、結局は、同じことなのです。

(このような捉え方には、「陰謀論」という見方がつきまといます。この「陰謀論」というのにも、「オカルト」と同様、「非理性」「反理性」を象徴するものとしてのレッテルが、張られているのです。確かに、「オカルト」と同様、危険性を含み、扇動的なものが多いのは事実です。しかし、同時に、「隠された真実」を含むものがあることも、「オカルト」と同様なのです。この辺りのことは、またいずれ、とりあげたいと思います。)

私は子供の頃、「歴史ほどつまらない授業はない」と思っていたのですが、それは、このような一方的な見方を、ステレオタイプ的に押しつけられるところがあったからだと思います。

とは言え、私も、「明治維新」が、近代社会の一員となるために必要な、良き改革であったという見方は、自然に受け入れてしまっていました。教育による洗脳の効果というのは、恐ろしいもので、表だって、教育の内容自体を受け入れていないつもりでも、背景にあるものの見方を、知らぬうちに、取り入れてしまっていたりするのです。

そして、江戸時代以前の日本は、「貧し」く、迷信に囚われた社会で、世界的にも劣る、「恥ずべき」ものという見方も、自然にしてしまっていたと思います。いわゆる「自虐史観」的な見方です。

最近は、それが反省されたりもしているのですが、もちろん、反対に、ただ自文化を称賛すればよいというものでもありません。また、自文化を称賛すると言いつつ、本当には、江戸以前の日本の文化を、深いところから肯定しているとは思えないものも、よくみかけます。

特に、私の立場からすれば、これらの文化は、現在は「オカルト」とされる領域を重視して来た文化なのだから、それに対してどのような態度をとるのか、そこを曖昧にしている限り、本当には、自文化の見直しにはつながらないと思います。

ともあれ、我々は、明治維新という近代のあり方を取り入れて、新たに身につけられた見方を、当然の前提のようにして、それ以前の過去についても当てはめて、一方的に解釈してしまっているところがあるのです。

そのような、近代以降に身につけられた、歴史の見方で、最も問題なものを一つあげるとすれば、次の見方だと思います。

「歴史」は、過去から現代へと、「進化」して行く。つまり、人間は、時代とともに、「進化」して行く

この見方こそが、「過去」を、「古く」、「乗り越えるべきもの」として否定し、現代を、最も「進化」したものとして、「正当化」する見方をもたらす、根本だと思います。

しかし、そんな保証は、どこにあるのかということです。人間が、時間とともに「進化」するなどという保証は、どこにもないはずなのです。

実際、近代以前には、むしろ人間は、時間ととに「退化」するという見方の方が主流でした。

古代ギリシャでは、人間は、黄金の時代、銀の時代、銅の時代、鉄の時代という風に、時代とともに「退化」(堕落)するとみなされました。古代インドでも、同様に、サティヤ・ユガ、トレーター・ユガ、ドヴァーパラ・ユガ、カリ・ユガという風に、時代とともに退化します。ただ、ある出来事によって、初めのサティヤ・ユガに戻り、また退化して、そのサイクルを繰り返すという発想がされていました。

このように、全体として、人間は時代とともに退化するという見方の方が、明らかに「現実的」というべきです。また、「サイクル」というのも普遍的な発想で、中国や日本でも、元号が変わるごとに、時間そのものが振り出しに戻る、「サイクル」の発想がされていました。

逆に、時間というものが、直線的に進むという発想自体、西洋独自の発想であり、一神教的な宗教が、時間を規定することに始まっています。

時間が直線的に進むということは、ある目的を設定して、時間が、それに向って進むという発想を前提にして、初めて可能なことです。この場合の目的とは、一神教的には、「最後の審判」であり、その後に訪れるとされる、「永遠の救い」のことでしょう。キリスト教的には、このような意味の時間の始まりは、永遠の救いを約束した「イエス・キリスト」が生まれたとき、つまり西暦元年ということになります。

そして、「進化」ということも、このような、ある目的が設定されて、それに沿った視点から捉えられて、初めて言えることなのです。

「永遠の救い」ということは、目に見えにくく、測りにくいことですが、西洋近代には、目に見える表面的な目的として、「物質的な発展」ということがあります。それで、「進化」ということも、かなり見えやすいものとなったのです。

確かに、「物質的発展」という視点から、それに沿う「進化」を云々することは、できることでしょう。しかし、そのような目的自体、特定の価値観から設定されたものであり、普遍的ものとは言えません。現に、西洋近代以外の文化では、そのような目的は設定されていないと言うべきです。

西洋近代が、そのような目的を設定したのは、やはり一神教的な発想が根本にあり、「物質的な発展」とは、「永遠の救い」ということの、目に見える形の現れであり、あるいはそれに近づいていることの、一つの指標とされたからでしょう。(基本的には、資本家等を中心に、物質的、経済的に「富む」ことが、宗教的な救いという観点からも、価値づけられ、正当化されたということです。)

しかし、それは、非常に特殊で、「限定」的な発想であるにも拘わらす、一神教的な「普遍性」を標榜するものなので、他の地域の多くの人間に、「押しつけ」られていくものとなります。その力が絶大で、逆らい難いほどのものであったのは、確かなことでしょう。

それにしても、「進化」とは、ある観点から言えることでしかなく、全体として、人間が、時代とともに進化するなどということは、言えるはずもないことです。

ただ、西洋流の「物質的発展」という目的ないし価値観が、取り入れられるのに応じて、それに沿う方向が、「進化」とみなされたということに過ぎません。そして、そのために否定されたものとは、「物質的発展」ということと相入れないもの、つまり、現代では、「オカルト」という言い方で総称されるような、「目に見えない」「霊的な性質のもの」だったということです。
posted by ティエム at 14:45| Comment(0) | 近代社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月23日

「近代社会」という大いなる誤解

既に記事を書き進めて来て、「オカルト」を語るうえでの、最も基礎となる事柄については、ほぼ述べる(触れる)ことができたと思っています。その意味では、一段落ついたところです。今後は、それらをもとにして、さらに「オカルト」的な事柄に、もっと深く迫ることができると思います。

しかし、改めて、「オカルト」については、「近代社会」の延長上にいる我々にとって、この社会特有の「常識」(本当は「非常識」であり「誤解」)が、大きく立ちはだかっていることを感じざるを得ません。これを、十分意識的に、覆えしていかない限り、本当にオカルトを正面から捉え直すことは、難しいと思います。

記事中で、何度も、現代には、「オカルト」に対する嫌悪感や恐怖感が行き渡っていることを述べました。そして、近代社会が成立する直前に起こった「魔女狩り」を例にあげて、そもそも「近代社会」 とは、「オカルトに対する排除の意思」が強烈に具現された社会である、ことを明らかにしました。そして、それは、日本の場合にも当てはまることをみました。

我々が、その社会の中で生まれて、自然と身につけてしまう常識や感覚には、それらが強く染み込んでいます。現在は、かつてほどではなくなっているとは言え、「オカルト」に対しては、初めから、排除と蔑みの感覚がつきまとい、まともにみることを阻んでいるのです。

そして、それは、日本人にとっては、より強固なものになっていると思われるのです。

「近代社会」とは、我々日本人にとっては、まずもって、フランス革命以後の、「西洋社会」ということになるでしょう。しかし、日本も、明治維新後、その仲間入りをしたことになっているので、それは現代の「我々の社会」ということでもあります。

つまり、日本人にとっては、明治維新前の伝統的な文化と、それ以降の西洋化された「社会」とが、ほとんど断絶しているのです。「明治維新」という、かなり極端な形で、それまでの文化を排して、異質の文化を取り入れることをしたので、そのことが、より明確に浮き上がるのです。

そして、多くの日本人にとって、明治維新後の西洋化された「近代社会」こそが、今につながる、「正しい」社会のあり方であり、それは、かつての古く、迷信にまみれ、権力に抑圧された、「遅れた」社会を克服して、達成された、望ましいものということになるのだと思います。「近代社会」が、理想的な、完璧な社会とまで思う人はいないでしょうが、相対的に、以前の文化や、他の文化と比べても、進んだ、あり得る唯一の社会くらいに思っている人は、多いと思います。

このような認識においては、「オカルト」とは、かつての誤った「迷信」の象徴であり、過去の、克服したはずの「悪しき」文化を思い起こさせるものでしかない、ということになります。つまり、「オカルト」とは、我々がかつて、「切り捨てた」はずのものであり、もはや、決着のつけられたはずのものです。それを「切り捨てた」限りで、現在の「世界」に誇れる、「近代社会の一員」としてのアイデンティティがあるのです。

しかし、その「切り捨てた」はずのものが、「後ろ髪を引く」ように、我々の意識に浮上しては、我々を今も悩ませ続けるのです。そうなるのは、当然のことと言うべきです。実際、それは、我々の「失われた半身」とも言うべきもので、我々の「過去」そのものだからです。明治維新後とは、比べものにならないくらい長い間、かつては、実際に、そのように「生きられた」ものであり、我々の深いところに、今も潜み続けているはずのものです。切り捨てた「つもり」になることはできても、真に縁を切ることなど、できるはずもないものなのです。()

何も、捨てた「過去」に戻ることがいいということではないですが、「切り捨てたもの」は、新たな視点のもとに、捉え返される必要があります。そして、何ほどかの「和解」(統合)がなされる必要があります。そうでない限り、それは、今後も、「後ろ髪を引くように」我々の意識に現れては、嫌悪と恐怖を突きつけてくることでしょう。

 ブログ『狂気をくぐり抜ける』の『日本人が霊的なものを認めない理由』( http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-f6e0.html )という記事では、かつて「切り捨てた」ものを、過去つき合った異性にたとえて、この辺りのことを、多少過激に、しかし分かりやすく述べていますので、ぜひ参照ください。

posted by ティエム at 16:32| Comment(0) | 近代社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする